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脱炭素電源の大量確保が必要だ


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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(「」より転載:2023年12月号)

 新型コロナウイルスのパンデミックによる混乱もようやく収まり、わが国でも「3年ぶり」といった言葉が飛び交っている。この間、世界中で多くの経済活動が停止した。そして、各国の経済復興政策が本格化しようとした矢先に、ロシアによるウクライナ侵攻という新たな危機が起きた。世界は「第三次オイルショック」ともいうべきエネルギー危機を経験し、経済の立て直しに向けてより難しい舵取りを迫られている。
 そうした中で、先進諸国は気候変動対策、すなわち「グリーン」を軸とした成長戦略を描いている。2023年は史上最も暑い夏となり、世界各地で山火事や豪雨被害が多発した。気候変動問題が深刻化するのに伴って、解決に資する技術・サービスが成長分野として期待されるのは当然のことだ。
 米国のインフレ抑制法や欧州のグリーンディール産業計画、わが国のGX(グリーン・トランスフォーメーション)実行計画など、各国が環境を旗印とする戦略を策定している。しかしその戦略の目的とするところは、気候変動対策だけでなく、経済安全保障、成長戦略であり、自国産業の保護育成を目的としている。しかし具体的に何をやろうとしているのかわかりづらく、本当に成長につながるのかと批判的に見ている方も多いだろう。
 本稿では、昨年7月に立ち上げられたGX実行会議での議論を紹介しつつ、GXの概要をご説明したい。

エネルギー供給への危機感

 GXとは、化石燃料からクリーンエネルギーへの転換を核として経済・社会、産業構造全体の変革を目指すものだ。DX(デジタル・トランスフォーメーション)とも融合して、日本としての持続可能性を高めていくことを掲げる。
 エネルギー転換に留まらず、これを社会の構造転換の契機とすることが求められている。デジタル化は、即ち電化であり、電力供給システムと一体的に考えなければならない。人類はこれまで、エネルギー転換に促される形で、数次の産業革命を経験してきたが、GXは「21世紀の産業革命」であり、構造改革の必要性に火がついている日本においては、DXとGXの同時進行を進める必要がある。
 これまで政府は多くの会議体でカーボンニュートラルという言葉を使用していた。2050年にはCO2排出を実質ゼロにするという目標を表すものであり、今も多くの場面で使われているが、政府があえてGXという言葉を掲げたことには、単なるCO2削減に留まらず、これを成長戦略にするという意図があったと推測される。CO2排出が削減されることで直ちに社会の幸福度が向上するわけではない。GX・DXという手段によって、社会変革に取り組む意思を明確にしたことは評価されるべきだと筆者は捉えている。
 昨年7月末に開催された第一回会合では、委員一人ひとりが自由に問題意識を述べる機会が与えられた。GXの必要性や、これを成長戦略とすることの重要性について、意見の相違はほぼ無かった。
 一方で、多くの委員から示されたのが、現下のエネルギー供給に関する強い危機感であった。電力供給のひっ迫が頻繁に起こり、価格の高騰も著しい。2021年秋からの燃料価格上昇は、液化天然ガスは2022年9月に、石炭は2022年11月にピークとなり、以降は下落傾向を続けているうえ、本年1月分から政府の補助が行われ、電気代は抑制されている。しかし当時はエネルギー価格高騰に対する悲鳴が産業界・消費者団体から上がっていた。将来に向けての議論をするには、まず、エネルギー供給構造の立て直しを急ぐべきという発言が相次いだのも当然だろう。
 こうした現下の問題意識の整理により、GX基本方針には、徹底した省エネの推進や、再生可能エネルギー(以下、再エネ)の主力電源化、原子力の活用、水素・アンモニアの導入促進などを含む14の取り組みと、「成長志向型カーボンプライシング」の素案が示され、2023年5月に「GX脱炭素電源法」と「GX推進法」が成立した。
 しかし足元の電力の安定供給を実現するためにはまず、電力自由化の修正と原子力活用に向けた多様な政策的措置が必要だ。

電力自由化の修正を

 電力自由化は、競争原理を導入することによって効率化を促し、電力コストの低減を期待する施策だ。料金規制によって投資回収が確保された状態にあると、設備投資が過剰になりがちだ。社会が経済成長局面にあれば、経済成長に伴って増える電力需要を賄うために設備投資をし続けることが必要だが、成長が鈍化すれば過剰投資となる可能性がある。そうしたタイミングに自由化を行えば、電気料金が安くなることが期待される。しかし、自由化によって必ず電気料金の抑制が期待できるわけではない。
 各国の電力自由化と電気料金への影響を調査した日本エネルギー経済研究所(2012)によると、「電力自由化開始当初に電気料金が低下していた国・州もあったが、概ね化石燃料価格が上昇傾向になった2000年代半ば以降、燃料費を上回る電気料金の上昇が生じている」ことが指摘されている。燃料価格が下落局面であれば電気料金抑制効果は表れやすくなるが、上昇局面になると燃料価格の上昇幅を上回る料金上昇を見せるというのであれば、海外の化石燃料への依存度が高いわが国では特に、燃料価格が高騰した場合のリスクについて慎重に検討するべきだっただろう。
 そもそもわが国の電力コストの多くは燃料費が占める。2023年電力各社の値上げ申請査定結果より算出すると、総原価の5割から7割が燃料費だ(送配電費用は除く)。化石燃料資源をほぼすべて海外に依存するわが国において燃料費を抑制する魔法の杖は無いが、カギとなるのは規模の拡大と長期契約である。わが国の自由化はこれまで、大手電力会社の市場支配力を弱め多くの事業者の市場参入を目指してきたが、むしろ大規模なプレーヤーに集約する方が燃料費を抑制しやすかったのではないか。少なくともそうした可能性も検討すべきであったが、それが行われた形跡はない。
 東日本大震災より前、わが国では慎重に改革が進められ、部分自由化に留まっていた。福島第一原子力発電所事故と計画停電を機に発送電分離を含め全面自由化に転じたわけだが、その背景には、大手電力会社に対するいわば政治的な見せしめがあったとされる。今の全面自由化という改革がこのように不純な動機で始まったのであれば、それが国民にとってメリットのあるものにならないのはむしろ当然だろう。
 これまでのわが国の自由化を見ると、電気料金抑制が進んでいないだけでなく、2021年1月における全国的な電力需給ひっ迫以降、日常的に電力供給力不足が話題に上るようになっている。
 福島原子力事故を契機に約16ギガワットの原子力発電所が廃止され、現在稼働しているのは西日本の10基、10ギガワットに留まる。小売り事業の全面自由化が行われた2016年以降、休廃止された火力発電所は14ギガワットにのぼる。同期間に再エネは9ギガワット以上増加したが、主力である太陽光発電が低調なときなどに需給ひっ迫が生じやすくなっている。供給力不足は複合的な要因に拠るが、適切な電源投資が行われていないことは確かだろう。
 再エネ導入の遅れを批判する声もあるが、わが国のこの10年間の太陽光発電の増加率は世界に例を見ない。再エネ設備の導入量(キロワット量)でいえばわが国は世界第6位、太陽光発電に限れば中国、米国に続いて第3位だ。しかも、最近頻繁に発生する電力の需給ひっ迫は、太陽光発電が発電しない時に起きている。夏の日暮れ時、冬の曇天や降雪時などだ。再エネの中で、導入までの時間が短いのは太陽光発電であるが、その太陽光発電をいくら増やしても、現下の需給ひっ迫は解消しない。
 電気は大量に貯めることのできない「究極の生鮮品」であり、同時同量というデリケートな物理的制約を持つ。一方、生活の隅々まで電気が無ければ成り立たなくなっており、安定的に供給されることが死活的に重要な経済活動の必需品でもある。政府は「電力システムが安定供給に資するものとなるよう制度全体の再点検」を行うことを表明しているが、脱炭素が政策目標として加わったことで電源投資の判断が難しくなっており、根本的な見直しを行う必要がある。

原子力を使わないリスク

 福島原子力事故の直前、当時の民主党政権は非常に野心的な温暖化対策目標と整合性をとるべく、2020年までに9基、30年までに14基の原発を新設するとしていた。事故後、原発への依存度を低減すると180度の転換をしたことは、事故の重大性や原子力に対する国民感情を考慮すれば当然ではあったが、「原子力を使わないことによるリスク」への考慮が余りに欠けていた。エネルギー政策はリスク管理そのものであり、事故直後の民主党政権での方針が、自民党政権になってからも長年修正されなかったことは猛省されるべきだ。原子力発電所の運転員として電力会社に入社した社員が「動いている原発を見たことが無い」というほど停滞すれば、原子力利用を支えるサプライチェーンや人材が急速に脆弱になったのは当然であろう。
 1億2千万人以上の人口を抱え製造業主体の経済を支えるエネルギー供給を確保し、かつカーボンニュートラルを目指し、デジタル化を進めるのであれば、原子力の活用は必須だ。エネルギー安全保障を巡る緊張も高まり、GX実行会議でも多くの委員から、原発の必要性について言及があった。
 人口減少局面に入ったわが国は、このままであれば電力需要は減少するだろう。しかし、温暖化対策の柱は「需要の電化」と「電源の脱炭素化」の同時進行であり、需要の電化が進めば電力需要は当然増える。筆者が2017年に上梓した『エネルギー産業の2050年 Utility3.0へのゲームチェンジ』では、電化の進展により2050年に13年比で電力需要は2割程度増える可能性を示した。これにデジタル化も加わり、政府は2050年には現状比5割増となる可能性も見込む。東京電力パワーグリッドに対して既に申し込みがされている新設のデータセンターの電力需要増だけで、2028年までに約6百万キロワット、すなわち原発6基分程度にもなっている。原子力を活用することは現状の安定供給だけでなく、将来的なGX・DXに向けても必須だ。
 原子力技術は国家の関与が不可欠な技術であり、政府が明確に活用の方針を示すことは大前提だ。しかし実際に活用されるには、多様な政策的措置が必要となる。安全規制の適正化、賠償制度への国の関与強化、自由化市場では困難になる原子力事業のファイナンス問題の解決、放射性廃棄物処分に関する議論の進展、地元合意のあり方の見直し、核燃料サイクル政策の修正など、いずれのピースが欠けても原子力事業は行き詰まる。原子力発電の利用は「国の責務」であることが原子力基本法に明記されたことは大きな一歩だが、事業としての健全性を確保し、国民に貢献する電源として活用していくには、すべきことが山積している。

移行債発行と炭素賦課金導入

 GXを進めるためには莫大な投資が必要とされ、わが国は「GX経済移行債(仮称)」を発行して先行投資を行い、それを将来導入するカーボンプライシングによって償還していくこととしている。
 カーボンプライシングとは炭素の排出に対してコスト負担を求めることで、排出者の行動を変えるという政策だ。その手法は複数あり、大きくは明示的カーボンプライシングと暗示的カーボンプライシングに大別される。明示的カーボンプライシングとは温室効果ガス削減を主目的として、CO2排出量に比例する形で価格付けが行われる政策であり、炭素税や排出量取引がこれに当たる。暗示的なものは、エネルギー課税や省エネ規制、再エネへの補助、企業や業界団体の自主的な取り組みなど、CO2削減効果を持つ政策や自主的措置を広範に含む。
 わが国は1970年代のオイルショックを契機に導入された省エネ法(1979年制定の「エネルギーの使用の合理化等に関する法律」)や多様なエネルギー諸税を導入しているため、明示的なカーボンプライシングは、石油や石炭、ガスなどのCO2排出量1トンに対してかかる地球温暖化対策税289円のみでその税収は2600億円程度とされるが、暗示的なカーボンプライシングであるエネルギー諸税やFIT賦課金まで合わせると6兆円を上回る税負担となっている。
 しかし国際的に比較可能な形で明示的カーボンプライシングを導入すべきであるとの論は国外からも国内からもあり、その導入を巡る議論は20~30年前から続けられてきた。ここにきて議論が本格化したのは、複数の国や地域においてカーボンプライシングの導入が進んでいること、そして、欧州が炭素国境調整メカニズム(CBAM:Carbon Border Adjustment Mechanism)、すなわちカーボンプライスを適切に負担していない製品の輸入に対して関税をかける制度の導入を進めていることによる影響が大きい。
 政府が掲げる「成長志向型カーボンプライシング」とは、規制と先行投資支援を組み合わせているところに特徴がある。具体的な制度設計は今後に委ねられているが、現時点で明らかになっている点を整理するとともに、制度設計の留意点を述べる。
 GXを進めるために必要な投資の規模を、政府は今後10年間で150兆円程度と想定している。そのうちの20兆円を政府として先行投資支援するために、新たな国債を発行すること、将来的にその国債の償還の原資とすべく排出量取引と賦課金制度を導入するという枠組みが定められ、それぞれの制度の導入時期などが示された。
 カーボンプライシングは、うまく設計すれば脱炭素化への有効なツールとなる。技術中立を確保し、CO2削減の費用対効果の高いものが市場で選択されることを促すというのがその基本概念だ。しかし、国際的な公平性や負担の適切性など制度設計において留意すべき点は多い。技術中立を保つことも極めて需要であるが、わが国は電力などに排出量取引を導入する一方で、石油や石炭などは輸入事業者に対して賦課金を導入するという「ハイブリッド方式」を採るとしている。1トン当たりのCO2のコストが一物一価であることで、費用対効果の高い削減技術の選択が進むと期待されるが、2つの制度を導入すれば一物二価になってしまう。国内産業である電力に高いカーボンプライスが課せられれば、大幅なCO2削減のセオリーである電化を阻害することとなり、本末転倒の事態となる。今後進められる議論を注視したい。

我々の生活はどうなるのか

 足元の電力安定供給の確保も、将来的なGX投資の確保も、今後の議論と制度設計次第であるというのが、筆者の偽らざる評価だ。GXによってわが国が明るい未来を手にする可能性もあるが、暗い未来に落ち込んでいく可能性も十分考えられる。
 GXは産業革命以上の社会変革であり、その道のりには多くの難題も待ち受けている。ちょっとした省エネやエコに気を配れば良い、と思っている程度では間違いなく暗い未来にしかならないだろう。再エネを主力電源にするという目標を掲げたものの技術的課題や日本の国土の特性に向き合わず、バブルを繰り返すような補助政策を繰り返しても産業が育つことはない。再エネも原子力にも十分な投資が行われなければ、脱炭素化に向けて海外から水素を輸入してくるよりほかなく、化石燃料の輸入が水素の輸入に変わっただけということになるだろう。カーボンプライスがうまく機能せず、電気代の高騰が続けば、需要側の変化も進まない。化石燃料で動く機器の更新が困難な状況が続き、どん詰まりになる未来だ。
 しかし、明るい未来への道も十分あり得る。前出の『エネルギー産業の2050年 Utility3.0』の共著者であり、Utility3.0の実現に向けて共に取り組む東京電力パワーグリッド株式会社の岡本浩さんが、先日私の設立したU3イノベーションズ合同会社のnoteに寄稿してくださった文章を引用してご紹介したい。

 結論として、来るべき第四次産業革命は、電力グリッドを通じて物理空間とサイバー空間が融合し、多様な分散型X(筆者補…例えばモバイルロボットとして移動の価値を提供する一方、それ以外のタイミングでは、動く蓄電池、動く分散型コンピューターとしての価値を社会に提供する機器)がネットワークを通じてアグリゲートして活用され、人間と共生する地球をもたらすと言える。これを「Energy with X」と呼ぶことができる。

 これからの時代は、多様な分散型Xとの共生により、土地に縛られる必要がなくなり、より自由に生きることができるようになり、メタバースを通じて現実空間やサイバースペースで多くの人々と交流し、生産性や創造性を発展させていくことができるようになる。

 テクノロジーの進歩を先進的に取り入れ、社会の構造改革を進めることによって、この産業革命の荒波の先に明るい未来を創り出す。そのためのGXとなることを期待している。